文章・写真: BRIGHTLOGG,INC.
福岡県は筑後地方を中心に、そのルーツは江戸時代まで遡り現代に伝わる「久留米織(くるめおり)」。均一に染まった先染めの糸をあらゆる技術を使いながら織ることで、多様な模様を生み出す、伝統的織物だ。
糸を自由に織れるために制約がなくさまざまな柄が出せる。先染めで色落ちにも強く、機械で織るので生地の強度も自慢だ。ところが、生産は職人の知識や技術力に大きく依存するため、難度は高い。現在では職人の減少が続き、周辺地域でも生産が難しくなっている。
そんな久留米織の産地の傍らで、有限会社光延織物は70余年に渡り機(はた)を織り続けてきた。
現在二代目の娘である浩子さんは、メイン商品の久留米織の「はんてん」を幼い頃から今でもなお愛用している。昔に比べれば暖をとるための衣類が増えた現代で、それでも久留米織のはんてんをつくり、伝えていく。
浩子さんに久留米織とはんてんの魅力と、その未来像を聞いた。
狙って「味」を作る。光延織物の技術力
光延織物は、初代である浩子さんのおじいさんが、昭和21年戦後間もないころ小巾織り機を導入し創業した。その後、昭和36年に現在の場所に移り、12台の絣(かすり)織り機を導入して、久留米絣(かすり)を主体に生産をスタートする。
昭和41年には、広巾織り機(66インチ)を10台導入し、シーツや布団カバーなどの生産やもんぺの生地の生産を開始。その後、二次製品加工生産もはじめ、初めはもんぺの生産に、綿入れ半纏の生産を開始した。生産商品の種類も甚平、作務衣、エプロン、スモック、割烹着、ワンピースなど種類も増え、今に至るまで実に幅広い種類の生産を行なってきた。
「私たち光延織物の一番の特徴は、糸から完成までを一貫生産している点です。織物は工程が多いので、一部の工程を外注する場合がほとんどですが光延織物ではほとんどの工程に自社の施設を使い職人が関わります。これまでも、スピードや量というより、生地としての『質』の高い製品をつくることを優先してきました」
久留米織の技術的な難しさは、複数の糸を使って生み出す細かな織り技術にある。経(たて)糸と緯(よこ)糸のあしらい方や織り方を細かく調整することで、久留米織の独特の雰囲気を作り出す。
「たとえば、ネップ糸を使って作る織物は、糸のムラをあえて見せる技術の一つです。もともとは、糸を紡ぐ技術が安定しないときに生じたものだったのですが、それが返って今では『味』として好まれるうになり、今では意図的にムラを作る技術が確立し、久留米織の代表的な特徴の一つとなっています。」
他にも、光延織物の製品を生み出す際には、親しみやすい和調を念頭に置きながらオリジナリティを追求した柄作りを行っている。生地などの織物を織る際に、縦糸を上下に開口させるドビー装置にこだわり、機械の持っている機能を最大限に活かして作られる生地は、そのデザイン画を忠実に再現するためにも、職人の繊細な感覚と技術が必要不可欠だ。
今だからこそ「暖を取るならはんてん」で。
そして光延織物のメイン商品のひとつ、はんてん。「着る布団」とも呼ばれるはんてんは久留米織の特徴である「通気性の良さ」と「断熱効果」を活かし作られる。光延織物のオリジナルの柄が実に何十種類も並ぶ。
「小さなころはんてんを羽織っていた、なんて方はもしかしたらもう少ないのかもしれませんね」
現代人は冷え込んだ夜のお風呂上がりにはんてんを羽織ることは確かにほとんど無くなった。それでも、浩子さんは、はんてんの良さは現代人にも響くと考える。
「私自身、家にいるときは、朝も夜も着ています。はんてんの魅力はたくさんありますが、1番はやはり軽いところで肩もこりにくい。胴のあたりで紐を結ぶだけなので、脱いだり着たりが楽ちんなのもポイントですね」
光延織物が作るはんてんは、主に綿素材の久留米織の中に、ワタをたっぷりと詰め込んだ仕様だ。作りは布団とまるで同じ。
「たとえば、お風呂上がりにウトウトしてしまったとしても、はんてんを着ていれば布団をかぶっているのと同じことなので湯冷めがしにくいんです。暖を取るための衣類はたくさんあるけれど、はんてんは段違いに暖かい。なぜかぬくもりを感じるところもあるし、本当にはんてんが好きなんです」
新しい世代に「はんてん」を愛してもらうために
光延織物で働く職人は、ベテランが多い。その中でやはり若い世代への技術継承は深刻な課題であり、浩子さんは「若い世代にも、久留米織の存在を広め興味を持ってもらいたい」と語る。
「もちろん技術を残したいという想いもあります。でもまずは、はんてんを着る若者が増えたら良いな、とシンプルに思っています。たとえば、今の30代以上の方たちにとってはんてんは『懐かしい』ものだと思いますが、今の子供や若者にとっては、綿入れはんてんの存在自体も知らないかもしれない。改めて良さを伝えることで、また『着たい』『着てみたい』と思ってもらえたらなって。
最近だと、小さい子どもの寝かしつけや子守の時に綿入れはんてんの便利さに気づき、『手放せない』と話すお母さんや、小さなお子さんを持つご家族が、子どもに着せたいからとはんてんを購入されることが増えているんです。ヒーターによる乾燥が気になる方が、はんてんで暖を取れる事と静電気が起きにくいという利点に気づき購入される方も増えています。そういう風に、はんてんを古いものと捉えず、今だからこそ着られるものだと感じてもらったり、はんてんを知らない世代の方には、新しいカルチャーとして取り入れて着てみてほしい。そう思っています」
従来のはんてんは、比較的落ち着いた色合いや柄のものが多かったが、光延織物ではもっと若い人に色や柄で久留米織を楽しんでもらうべく、明るい色味を取り入れている。
「はんてんは決して安いものではありません。それでもデザインと技術力には自信を持ってお届けしています。はんてんを着る機会が少なくなった今だからこそ、改めてはんてんの魅力を伝えて、好きになってもらいたいですね」
世代を超えて使われるものには理由がある。光延織物のはんてんは日本の歴史ある技術で仕立てられ、日本人の冬の生活に溶け込むものだからこそ、歴史や技術を軸に時代に合わせた変化も忘れない。有限会社光延織物の工場は今日も織機の音を奏でつづける。
文章・写真: BRIGHTLOGG,INC.
「100年先も残るものをつくろう」をコンセプトに活動するプロヂュース組織。
ブランディング、クリエイティブ制作(映像・デザイン・WEB・コンテンツ)リノベーション事業を展開。